14: 試合3
ライナスが試合場へと進み出て行くと、メルヴィンは彼に対し軽く頭を下げ、礼を取った。 そして何故ライナスがここへ現れたのかと、怪訝そうな表情をする。 「次の試合は俺が相手をする、代われ」 ライナスはメルヴィンに居丈高に言い放った。 「な……何を言うのですライナス殿。これは私が王より言い付かった試合ですぞ…! いくら副総指揮官殿と言えど、代われなどとただ一言でこのお役目をお譲りする事など、承服致しかねます。 ……それとも貴方はこの私では役不足だと言われるおつもりですか」 言葉は丁寧だが、メルヴィンは不快感を顕わにしていた。 常からメルヴィンはライナスを下に見ている所がある。立場で言えばメルヴィンの方が部下ではあるのだが、血筋で言えば遙かにライナスの方が格下なのだ。 何故格下の人間に頭を下げねばならぬのか、とメルヴィンが不満を持っている事は、ユリアでも気が付いていた。 そしてそんな対象であるライナスに、明らかに上から物言われ、メルヴィンは顔を歪める。 だがライナスは、メルヴィンの不満など意に介さない様子で、豪快に笑ってみせた。 「そうでは無いわ、この俺もティヴァナの腕を試したくなったのだ。 退いたとは言え相手もティヴァナの副総指揮官。腕試しとしては、この俺だとて不足はあるまい」 「ですが……」 尚も不満を口にしようとするメルヴィンに、クリユスが何事か囁いた。 二人は2、3言葉を交わすと、納得したようにメルヴィンは頷く。 「……分りました、ここは貴方にお譲り致しましょう、ライナス殿」 「そうか、ありがたい」 にやりと笑い、ライナスは兵士達へ向け手を上げた。 兵士達の歓声が沸き起こる。 「一体、何を言ったんだあのメルヴィンに?」 ユリア達の所へ戻ってきたクリユスに、ユリアは尋ねた。 ああもあっさり引き下がるなど、あのメルヴィンの性格からすると考えられない事だった。 「別に……ライナス殿は貴方と違って剣の腕しか能が無い方なのですから、お譲りしてあげればいいと申したまでですよ」 クリユスは優しい笑顔に似合わぬ事を言ってのける。 怪訝な顔をするユリアに、クリユスは慌てて付け加えた。 「おっと、これは勿論私の本心では有りませんよ。メルヴィン殿の心を代弁して差し上げたのです。 私としても、ラオの相手は是非ライナス殿にお願いしたかったものですから」 あいつは、腕試しと聞いて加減など出来ない男ですからね、とクリユスは続けた。 「折角メルヴィン殿には気分良くなって頂いたのに、ラオに一撃で倒されては全てが台無しですからね」 「クリユス、お前はメルヴィンに取り入るつもりなのか? だが今お前達が軍に入れるかどうかは、ライナスに掛かっているのだぞ。それを負けて見せるなど―――」 思い出したように、ユリアはクリユスに抗議する。 さっきの試合は、とても見ていられない試合だった。どういうつもりなのかクリユスの考えを聞かない事には、落ち着いてラオの試合観戦をする所では無い。 だがそんなユリアの心配をよそに、クリユスはにこりと笑ってみせた。 「そうですね。ですがこの試合に勝てば私達を軍に入れると、ライナス殿は果して言われましたか?」 「―――――え?」 思ってもいないクリユスの返答に、ユリアは一瞬呆気に捉われた。 「決して、ライナス殿はそうは言われておりませんよ。 この試合は、あくまでもメルヴィン殿が言いだした事、つまりはメルヴィン殿の為の試合です」 「いや……だが話の流れから言えば……。それにライナスだってこの試合を見ていたのだ、下手な試合などしたら印象が悪くなるではないか」 「だから私はライナス殿に、最初に言ったのですよ。私の試合を良く見ていて下さいと」 見る人間が見れば、クリユスが本気で戦っていない事くらい、直ぐに分かるという。 ユリアは溜息を一つ溢した。 「すぐ人を試す所が気に入らないと、ライナスは言っていたぞ」 「おや……試したつもりは無かったのですが。 それ位の事は分かって頂ける方だと思ったから、そうしたまでの事ですよ」 「それは試した事と同じなのではないのか?」 「……そうなのでしょうか。いや、参ったな……」 クリユスは肩を竦める。 「なんにしても、ライナス殿がこの試合の勝敗で我々の実力を測るとは、私は思わなかったのですよ。だとしたらこの勝負、どう利用すれば我等の優位に働くか――――」 クリユスはにやりと笑った。 試合中に見せた笑みと、それは同じものだった。 「ユリア様の仰る通り、私はメルヴィン殿に取り入るつもりでいるのですよ。 ――――何といっても王の従弟で在らせられますからね」 確かにメルヴィンの身分の高さは、その辺の貴族達の中でも群を抜いている。 だが軍においては、あくまでも国王軍騎馬隊大隊長という身分であり、その上でも下でも無い。 取り入るというならば、ライナスの方が良いようにユリアには思えた。 副総指揮官という身分ではあるが、実質彼は国王軍の総指揮官と似たようなものなのだ。 ユリアがそう言うと、クリユスは首を横に振った。 「ユリア様、メルヴィン殿の素晴らしさはそれだけではありません。 彼はなんと自尊心や我欲が強く、傲慢で浅はかで度量の狭い小人であることか。 正に私の望む通りの御しやすい男なのです」 クリユスは楽しそうに語る。 「現にユリア様、あれ程この私を怪しい奴だとお責めになっておりながら、その相手が自分より格下であり、更に自分を称賛する側の人間だと見るや、とたんに態度を変えこの私と握手まで交わすのですから」 そして加えて言えば、メルヴィンは試合場での兵士達の歓声にも呑まれたのだ。 二人の戦いで沸き上がった兵士達の歓声は、メルヴィンと共にクリユスを認めるものでもあり、その雰囲気に呑まれクリユスを認める形となってしまったのだ。 故に思慮が浅く気分屋でもある、とクリユスは言った。 「だがそれならそうと、最初から私達にも何故言っておいてくれなかったのだ…! 私がどれだけ心配したと……」 「申し訳ありません、ユリア様。ですがユリア様があのように心配して下さったお陰で、メルヴィン殿も私の演技を信じて疑わなかったという事もあるのですよ」 「まあ……ではユリア様を利用なさったのですか……! あのような、危険な事を……!」 今まで黙っていたダーナが声を上げる。 ダーナの憤慨する声に、クリユスはとんでもない、と首を振った。 「利用したとは、これは心外ですね。結果的に良い効果となったと申したまでですよ。ユリア様を危険な目に合わせる事の無いよう戦っていたつもりですが、ダーナ様にはご心配をお掛けしてしまったようですね。申し訳ありません」 女性に心労を与える事は、本意ではありません、とクリユスは言う。 「ただ、私もその状況により判断して行動する事が、これからも多々あると思います。その度に皆にご相談する事も叶わないでしょう。ですが私が何をしようと、全てはユリア様の為の行動です。それだけは心に留めておいて頂きたいのです」 「つまり一々つべこべ言うなというのだな」 「いえ、そのような……」 ユリアは笑った。 「分かった、お前が何をしようと、もう私は何も言わない。ただお前を信じる、それでいいんだな」 「貴女が私を信じて頂けるのなら、私はそれに応えるよう己の力以上の働きもしてみせましょう」 口から生まれたようなクリユスに、ユリアは苦笑する。 先程も、恐らくこれからもクリユスに振り回されるのだろう。 それはほんの少し悔しい気もする。 せめてもの反撃に、ユリアはクリユスに向かって呟いた。 「それにしても、ティヴァナで会っていた頃は、お前がそんなに性格の悪い男だとは知らなかったな」 それは心外です、とクリユスは言うだろうと思った。 だが彼は笑ってこう言ったのだった。 「―――おや、今更気付かれたのですか?」 それはこの世のどんな女でも、思わず見惚れずにはいられないだろうと思える程、魅惑的な笑みだった。 |
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