139: 証言者





「お願いします、クリユスとラオに会わせて下さい」
 ユリアはダーナと共に王城の地下にある牢へ行き、そう看守の兵に懇願したが、彼らは頑としてそこを通してはくれなかった。
「何度頼まれてもここを通すわけには参りません。誰も通すなとメルヴィン殿から言われておりますので」
「メルヴィン……」
 半泣きのダーナがその名を口にしていたが、どうやら見間違いなどでは無いようだ。罪を負い国王軍から追放された筈のあの男が、何故今更舞い戻り二人を捕えるなどという事態になるのか、ユリアにはあまりに突然の事で、状況が全く把握出来ずにいた。
 だから二人に直接会って話しをしたいというのに、先程からずっとこうして足止めを食っているのだ。
「彼は王の従弟とはいえ、今は唯の国境警備隊長に過ぎぬ男ではありませんか。それなのにフィルラーンであるこの私の命よりも、あの者の命に従うというのですか」
 フィルラーンの地位を盾に高圧的な態度を取ってみたが、それもただ看守を困り果てた顔にさせただけだった。
「そのようなことは…ですがメルヴィン殿は今回、お二人の捕縛において全ての権限を与えるという、王からの任命状を頂いているのです。それがある以上、あの方の命は王の命と同等のものでありますから」
「王の任命状」
 何故遠方の地にいたメルヴィンに、そのような特権が突然与えられたのだろうか。やはり血族故の可愛さで、あの男をここへ呼び戻すために手柄を与えようというのか。しかしそんなことに二人を利用したのだとしたら、とてもではないが許せはしない。
「ユリア様……」
 不安気な顔でユリアを見上げるダーナの手を、ぎゅっと握りしめる。
 大丈夫だ、私が必ず助けてみせる。そう目でダーナに告げた。
「分かりました、もう無理は言いません。けれどその代わりに、あなたが知っていることを教えて頂けませんか。いったいどういう罪で、二人は捕えられたのですか」
「は。そ、それが……」
 看守は背筋をぴんと伸ばすと、言い難そうに口にする。
「お二人が、ティヴァナの密偵であると……」
「ティヴァナの、密偵?」
 内心ぎくりとしたが、顔には出さぬよう冷静を努めた。
「何を言っているのです、今まで二人がフィードニアにどれだけ尽くしてくれたというのですか。二人が国王軍を強化したからこそ、我々は連合国に勝利することが出来たのではありませんか。それを今更密偵などという在りもしない疑いをかけるとは、いったいどういう了見なのですか」
「いえ、あの。私も詳しくは知らぬのですが……勿論、我々もお二人を信じたい気持ちは同じであります」
 ユリアの勢いに気圧されたように、看守は一歩後ずさりながらそう言った。
「だったら」
 ここを通してくれと続けようとしたとき、後ろから皮肉気な声を掛けられた。
「看守を責めたところで、どうにかなるものでもありますまい。フィルラーンのユリア様」
 振り返ると、そこには二人を捕えた張本人であるメルヴィンが、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
「これは世話役のダーナ嬢もご一緒ですか。あなたにはもう一度お会いしたいと思っておりました」
 どこか憎悪のようなものを滲ませるその表情に、ダーナは顔を青褪めさせユリアの後ろに隠れた。この二人に今まで接点などあっただろうかとユリアは首を傾げたが、今はそれどころでは無いとメルヴィンに向き直る。
「丁度良かった。メルヴィン、あなたに聞きたい事があったのです」
「さて……貴女のような高貴なお方が、このようにむさ苦しい場所にどのようなご用件がおありか分かりませぬが、あまり騒ぎたてぬ方が賢明に存じますよ。罪人との関わりを噂されれば、貴女にまで内通の疑いが掛からぬとも限りませんからね」
「無礼な」
 二人を罪人扱いしたうえに、どこか下衆びた意味合いを含むかのようなその言葉に、かっと頭に血が上った。
「誰に対してそのような口を利いているのです。王に一任状を頂いたそうですが、それはフィルラーンに対しそのような無礼な物言いを許す程のものなのですか……!」
 強く言い放つと、メルヴィンは気圧されたように薄ら笑いを引っ込めた。
「いえ、私はそのような……ただ、貴女に良からぬ疑いが及ばぬようにと心配申し上げただけで」
 慌てて頭を下げたが、内心「この小娘が」と苦々しく思っているのが透けて見える。
「もうよい、それよりクリユスとラオを密偵などというあらぬ嫌疑で捕えたのはあなただと聞きました。それはいったい、どのような根拠があってのことなのですか。今まであれだけフィードニアに尽くしてくれた二人なのです、ティヴァナ出身だという理由だけでは通りませんよ」
「無論、それだけではありません。私は彼らがティヴァナの密偵であるという証拠を掴んでおります。証人もいるのですよ」
 「証人?」
 ざわりと胸が騒いだ。
「いったい、誰なのです」
 余裕の表情を取り戻したメルヴィンは、こちらの反応を楽しむように少しの間を置いたあと、ゆっくりと口を開いた。
「弓騎馬第二中隊第四小隊長バルドゥルです。そう、クリユスの腹心とも言える部下、あの男が証人なのですよ」
「――――バルドゥル?」
 驚きのあまり、それ以上言葉を発することが出来なかった。
 まさに腹心。クリユスがフィードニアに来て以来、彼が最も信頼してきた部下だ。だからこそ、ユリアがティヴァナへ使者として向かった時に、彼を護衛として付けてくれたのだ。それが、どうして。
「どういうことなのですか、彼はなんと言っているのです」
「貴女の護衛としてティヴァナへ行った折に、その王城でクリユスの姿を見たと証言しています。そこで見たというのならば、それは今でも彼がティヴァナと繋がっている証拠以外の何物でもないでしょう」
「そんな、馬鹿な」
 目の前が暗くなった。あそこに居たところをバルドゥルに見られていたというのか。そうなのだとしたら、もはや言い訳など出来ない。
 だが、それは本当なのか。本当にバルドゥルはクリユスの姿を見たというのか。ユリアは当時の状況を必死に頭に巡らせ、彼がクリユスの姿を目撃できた可能性を考える。
「……何なのですか、それは。私はティヴァナの王城に長く滞在していましたが、クリユスなど一度も見ておりません。バルドゥルの見間違いなのではないですか」
 ユリアは顔を上げると、毅然とした態度でそう言い放ち、そのまま踵を返した。
「行きましょう、ダーナ。ここで彼らと問答していても埒があきません」
「あ、はい」
 さっさと歩き始めるユリアに、慌ててダーナが付き従った。
「あの、ユリア様……」
 不安な顔をするダーナに、ユリアは少しの思案の後、小声で告げた。
「―――バルドゥルは嘘をついている。彼がティヴァナでクリユスの姿を見ている筈が無い」
 クリユスがユリアの部屋に現れた時は、無論バルドゥルが近くにいない時であったし、それに我々がティヴァナで行動を許された場所はごく限られたものだった。城を抜け出していたとはいえ、それもクリユスに教えられた道だ。つまりはクリユスはバルドゥルの行動範囲を掴んでいたということになる。ならばそこへクリユスが迂闊に近づき、彼にうっかり姿を見られるなどという事態になった筈が無いのだ。
 だが何故バルドゥルはそんな嘘を付いたのだ? そしてそれが嘘ならば、何故クリユスがティヴァナに居たことを知っているのだ?
 思いもよらぬ事態が次々起こり、困惑するばかりである。
「バルドゥルに会おう、ダーナ」
 聞いたところで素直に答えてくれるとも思わないが、クリユスに会えぬ今、バルドゥルに話を聞く以外に事態を知る術はない。
(絶対に助けてみせるからな、クリユス)
 ユリアは誓いを心に刻み、地下牢を後にした。















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